56歳になった元祖・美少女子役。娘との2ショットがまるで姉妹

 幼い頃よりモデルや子役として活躍し、絶世の美少女として一世風靡したブルック・シールズ。56歳になった今でも、SNSでゴージャスなビキニ姿を披露して話題になるなど、その美貌はいまだ健在だ。私生活では娘2人のママでもあるブルック、このたび高校を間もなく卒業する長女のドレス姿をSNSに投稿した。

◆思い出の赤いドレスを愛娘が着用

 元プロテニス選手のアンドレ・アガシと離婚後、TVプロデューサーと再婚し、2人の娘に恵まれたブルック。

 今では愛娘たちもすっかり大きくなり、つい先日には18歳の長女ローワンがプロム(アメリカで卒業を目前にした高校生のために開かれるダンスパーティー)に参加したことをSNSで報告した。

 インスタグラムに投稿された当日の写真を見ると、真っ赤なドレスを着用したローワンの横で、ブルックが感無量の表情を浮かべていることがわかる。

 それもそのはず。この真っ赤なドレスは、自身が1998年のゴールデン・グローブ賞の授賞式で着た衣装なのだ。ブルックは、このとき主演ドラマ『ブルック・シールズのハロー! スーザン』で最優秀女優賞にノミネートされ、このドレスを着て授賞式に出席。残念ながら受賞は逃したものの、本人にとっては特別な一夜になったようで、そのときの衣装をずっと大切にしてきたそうだ。

◆「ママは誇らしいわ!」

 そんな特別な思いが詰まったドレスを愛娘が着ている姿を見て、感激しきりのブルック。インスタにこうコメントしている。

「1998年にゴールデン・グローブ賞でノミネートされていた私は、このドレスを着用した。あれは特別な夜だった。でも、プロムでこれを着たわが娘の姿を見ることになるとは。ママは誇らしいわ!」

 この写真は反響を呼び、ファンや知人たちからは「なんて素敵なの!」「魔法みたい」といった声が続々寄せられた。

 ブルックの友人であるモデルのヘレナ・クリステンセンも「あなたの美しくて、愉快で、賢い娘さんへ、おめでとう!」とコメント。また女優のデブラ・メッシングは「とっても特別なことね! あの夜、あなたがそれを着ていたのを覚えているわ! そして今、美しいお嬢さんがドレスにまつわる新たな思い出を重ねてくれてるのね」とお祝いのメッセージを投稿している。

◆ステージママに売り出されて10代で大ブレーク

 ブルックは、生後1歳にも満たないうちに芸能界デビュー。企業広告の子供モデルとしてキャリアをスタートさせ、のちに子役としても活動するようになった。絶世の美少女として注目を浴びるようになったが、10歳を過ぎたころからヌード写真を撮ったり、映画でヌードシーンがある娼婦役を演じたりして、物議を醸した。

 15歳の時には、出演した映画『青い珊瑚礁』『エンドレス・ラブ』が連続でヒットし、一躍大スターとなった。

 こうした活躍の背景には、ブルックの母テリーさんの存在が大きかったといわれている。しかし、まだ小さい娘にヌードシーンを演じさせたテリーさんを冷ややかな目で見る人は多く、「業界に娘を売った」「娘を利用している」などとバッシングされた。

 若い頃は母親の言う通りにしていたブルックだったが、20代になると母娘の関係に亀裂が生じるように。アルコール依存症だったテリーさんに嫌気がさして、距離を置くようになったというが、母との歪んだ関係性によって自信を失った時期もあったようだ。

◆自分の見た目に自信を持っている娘たちに嫉妬

「私の母は酔っ払っては、『その大きなお尻をあっちへやって』と言っていたから、そう思い込んでいたのよ」

 母親からの言葉が原因で、コンプレックスを感じるようになったというブルック。自分の娘達が、体型や見た目に自信を持っていることに嫉妬することさえあったようだ。

「娘たちは私よりもはるかに成熟していて、自分の身体に自信を持っているわ」

「私と同じように頑固さや強さも持っているけど、もっと上手く適応している。私はそれにものすごく嫉妬してしまうの」

 けれども、そんな体型のコンプレックスを克服させてくれたのも、娘たちだったそうだ。かつて水着を着る時には、ダボっとしたワンピースを着て体を隠していたそうだが、あるとき娘たちから「ママ、なんかおかしい」と言われたそうだ。そして「隠すよりも、体を見せたほうがいいよ」と娘たちから言われたことで、一念発起してエクササイズに励むように。

 そんなブルックは、50代とは思えぬ美ボディをキープし、SNSでたびたび美しいビキニ姿を披露している。
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黒柳徹子、“587平米22億円”の元「トットちゃん御殿」が売りに出されていた、相変わらずコイツらゲスだよ。

まだ公になっていない話ですが、黒柳さんが以前住んでいた、西麻布の“豪邸”が22億円でひそかに売りに出されているんです」(不動産関係者)

 今年で御年88歳を迎える黒柳徹子。6月5日に放送された『徹子の部屋45周年スペシャル』(テレビ朝日系)では、明石家さんまを相手に徹子節を炸裂させて笑いを誘った。

「会話は脱線しっぱなし。さんまさんがスタッフが出すカンペについて触れると“カンペが出始めたのはここ4~5年ですよ”と黒柳さん。さんまさんは“僕は48年前にデビューしましたけど、そのときからありました!!”と反論するも“それはあなたがダメだから”と黒柳さんに一蹴されていましたよ(笑)」(テレビ誌ライター)

 とはいえ黒柳は、テレビ草創期から活躍している、いわば歴史の生き証人。'81年刊行の自著『窓ぎわのトットちゃん』は、日本での累計発行部数は800万部を超えるベストセラーに。世界30か国で翻訳され、今も多くの人に読まれ続けている。

爆発的に売れたこの本の印税を、すべて寄付しています。この本をきっかけにユニセフの親善大使に就任し、世界各地を訪問するなど、多方面で活躍。テレビにも引っ張りだこで、'81年から5年連続で高額納税者として長者番付の上位に名を連ねていました」(同・テレビ誌ライター)

一時は借金13億の“不動産好き”

 '86年には西麻布にある587平米の土地に冒頭の“トットちゃん豪邸”を建てた。

黒柳さんが母親の朝さんと住むために建てた地下1階、地上2階建ての邸宅で、トレーニングルームにプールまでついている。2階に黒柳さんが住み、1階にはフジテレビ系の人気番組『料理の鉄人』に出演していた石鍋裕シェフが経営するフランス料理店がテナントとして入っていました。当時は土地と建物を合わせて10億円とウワサされた物件です」(ワイドショーデスク)

 '06年に他界した母親と暮らした思い出深い家なのだが、'97年には石鍋シェフに売却している。

六本木や南青山の不動産だけでなく、'94年には中央区佃の高級マンションを約3億円で購入。徹子さんは不動産好きで、その借金は一時13億円とも報じられました。その支払いに首が回らなくなり、売却を決めたようです」(同・前)

 その後の経緯はというと、

'19年に石鍋シェフが資産運用のコンサル会社に売却。今回、内々で売り出されることになったようです」(前出・不動関係者)

 時は流れて、所有者も移り代わり、黒柳もともに年月を重ねた。

コロナ自粛を機に少しずつ身辺の整理を始めているそうですよ。遺言状を作成するんだと話していました。その資産総額は10億円ともいわれています」(テレビ局関係者)

 押し入れから出てきた古い写真を手に取って、豪邸の窓際に佇むトットちゃんの姿を、懐かしんでいるのかも。


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